10月から可能となった健康保険証の直送の留意点
2021/12/04
労働者に関する社会保険の手続きもオンライン化が進んでいますが、本人への証明書の渡し方に課題が残ります。
そんな中で今年10月から、健康保険証の直送が可能になりました。便利になる一方で留意点もあるため確認しましょう。
●柔軟な制度運用の必要性が高まる
健康保険制度における被保険者証(健康保険証)は、事業主が労働者を雇用して健康保険の加入手続きを行った後、保険者(全国健康保険協会、各健康保険組合)から発行されるものです。
発行された健康保険証は保険者から事業主に送付し、事業主から被保険者(労働者とその扶養家族)に交付するのが従来の取り扱いです。しかしテレワークが普及する中、以下のような問題が起こるケースもありました。
労働者が常時出社する勤務形態なら、事業主や人事担当者から健康保険証を手渡すことも可能ですが、テレワークで互いのスケジュールが合わないとそれが難しくなります。
労働者に書留などで送る形を取った場合、そのために人事担当者が出社するなど、実務上のコストが生じてしまいます。また保険者から事業主に健康保険証を送付した段階でも、担当不在で受け取れない状況が発生しがちです。
発行された健康保険証が、労働者本人の手になかなか渡らない状況は、極力避けなければなりません。社会情勢の変化や個別の事情をふまえ、柔軟な制度運用の必要性が高まっていました。
●10月1日から健康保険証の直送が可能に
上記の背景もあり、厚生労働省が全国健康保険協会などに宛て、「健康保険法施行規則及び船員保険法施行規則の一部を改正する省令」についての事務連絡を行いました。
具体的には令和3年10月1日から、保険者が支障がないと認めるときは、保険者から被保険者に対して被保険者証を直接交付することが可能である旨が言及されています。
これにより制度上は労働者が出社することなく、書留などで自分の健康保険証を受け取ることができ、人事担当者等による転送作業も不要になりました。
とはいえ直接交付(直送)の取り扱いには、留意点がいくつかあります。
まず直送の要件である「保険者が支障がないと認めるとき」は、事務負担や費用を加味した実現可能性、関係者(保険者・事業主・被保険者)間での調整状況等を踏まえたものを想定しています。
また直送に要する費用は被保険者・事業主全体が負担する保険料等を原資としていることから、公平性の確保も考慮しなくてはなりません。
仮に全ての被保険者に対して直送という方針を取れば、保険者側の事務負担が大きくなるほか、送付にかかる費用も無視できない水準となるでしょう。
健康保険制度の財政(予算)が不安視される中、積極的に直送を行う保険者は多くないかもしれません。
原則として健康保険組合が直送する場合は、具体的な取り扱いについて規程を定め、組合会の議決を得ることとされています。
財政および事務運用に与える影響が、極めて小さいと認められるケース(特別な事情を有する被保険者への個別対応など)では組合会の議決は不要ですが、当事者間での調整といった難しい面も残ります。
健康保険証受け取りの選択肢が広がることは歓迎すべき状況であるものの、実際に誰が送付を行い、どれほどコストがかかるかについて一考の余地があるかもしれません。